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手話と音声が交錯する世界初の異言語イマーシブシアター『交差』はこうして生まれた。
菊永ふみ×數見陽子×城島和加乃インタビュー
​2026.03.29
座・高円寺のカフェアンリ。赤い壁に白い丸のライトが無数についた印象的な内装。數見さん、菊永さん、城島さんがこちらを向き、腕を交差させて「交差」の手話を行なっている

2025年11月、「手話のまち 東京国際ろう芸術祭2025」で初上演した異言語イマーシブシアター『交差』。日本手話、国際手話、日本語が交錯するイマーシブシアターは、おそらく世界初の試みです。これまでにない演劇作品がどのように誕生したのか、菊永ふみさん(監督・構成・脚本)、數見陽子さん(総合演出)、城島和加乃さん(聴者監修)に語ってもらいました。

(取材・文:飛田恵美子)

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菊永ふみ(きくなが・ふみ):一般社団法人異言語Lab.代表。手話と音声を織り交ぜた「異言語脱出ゲーム」を2015年から制作している。ろう者。[写真中央]

數見陽子(かずみ・あきこ):俳優・演出。NHK「みんなの手話」のテキスト執筆・監修や、大学などでの日本手話講師も務める。ろう者。[写真左]

城島和加乃(じょうしま・わかの):E-Pin企画代表兼演劇プロデューサー。観客参加型本格推理イベント『ミステリーナイト』を1987年から開催している。聴者。[写真右]

ろう者と聴者でチームを組んで

 

――『交差』を開催することになった経緯を教えてください。

 

菊永:はじまりは、2022年に異言語Lab.が開催した『うしなわれたこころさがし』という謎解きゲームです。謎解きゲームではありますが、イマーシブシアター(※観客が演者と同じ空間を動き回り、物語の世界に入り込む没入型演劇)の要素が入った公演で、これをもっと深めていきたい、参加者が自由に動くことで物語が分岐する公演をつくってみたい、と思うようになりました。そんなときに、異言語Lab.のメンバーでもある牧原依里さんが『手話のまち 東京国際ろう芸術祭』の全体指揮を執ることになり、「イマーシブシアターを企画してほしい」と言われたんです。「やるやる!」と返事して、挑戦することにしました。

手話のまち東京国際ろう芸術祭のキービジュアル。手だけのイラストで、「手話のまち」の手話が表現されている。コピーは「まだ誰もみたことがない、芸術祭が始まる。」

ろう・難聴や手話に関する作品を上映・上演する芸術祭。東京杉並区の劇場『座・高円寺』を中心に、4日間にわたって開催されました

――城島さん、數見さんとチームを組んだのはなぜですか?

 

菊永:城島さんのことは以前からSNSでフォローしていて、演劇理論やイマーシブシアターに関する投稿がとても勉強になるなと思っていました。そうしたらあるとき、参加したイマーシブシアターで城島さんから話しかけられたんです。話しているうちに尊敬している人だとわかってびっくりしました。

 

城島:子どものころ、目の見えない友達から「親が見てもわからない秘密の交換日記をしよう」と誘われ、点字を覚えたんです。それが心に残っていて、目が見えない人や耳が聞こえない人など誰もが楽しめる演劇ができないかとずっと考えていました。

だから、イマーシブシアターに参加しているふみさんの姿を見て、すぐにナンパして「聞こえなくても楽しめましたか」と根掘り葉掘り聞いちゃいました(笑)。その後、『うしなわれたこころさがし』にお誘いいただいたのですが、あまりにもすばらしくて! 「言葉の壁を超えて心に残る物語をつくれる人なんだな、いつかご一緒できたらいいな」と思いました。

テーブルを囲み話をする3人

菊永:今回、公演の設定を考えていたときに、「やっぱり人が殺されると物語は盛り上がるな」「ミステリーにするなら、城島さんに仲間になってもらいたい」と思ったんです。ろう者だけで制作するのではなく、体験型演劇のプロフェッショナルから学ぶ機会は大事だと感じて、協力を依頼しました。

 

一方、數見さんとは実は話したことがなかったんです。でも、數見さんが出演する舞台は観たことがあったし、牧原さんが「ろうの演出家と言えば數見さんだ」と太鼓判を押していたので紹介してもらいました。數見さんは「手話のまち」で開催する『100年の眠り』という舞台に出演が決まっていたので難しいかなと思ったのですが、オンラインで概要を説明したら「おもしろい!」と乗り気になってくれて、次は飲みに行って。

 

數見:8時間位ハシゴしながら飲んだよね(笑)。オンラインで話したとき、ふみさんに対して「やりたいことがはっきりしていて、迷いがない」という印象を受けました。でも、飲みの席ではとても柔らかくにこやかで、強い信念と柔軟性の両方を持ち合わせていることがわかったんです。そこに惹かれて、一緒にやりたいと思いました。そして、内容について質問するとその場で「これがこうで〜」と的確に答えてくれたので、「ふみさんの頭の中には世界観や構成がしっかり詰まっているから、それを形にするのが私の任務だ」と認識しました。

 

ろう者として経験してきたことが蓄積されて、『交差』に結実した

『交差』のキービジュアル。10人の男女を俯瞰で撮影した写真。

物語の舞台は、手話と音声が交錯するイーゲン市。参加者は時空探偵団の新人探偵という設定で、市長の暗殺事件を防ぐため過去にタイムスリップして調査を行います

――物語はどのようにつくっていきましたか?

 

菊永:下敷きにしたのは『ロミオとジュリエット』です。ろう者の男の子と聴者の女の子が恋に落ちるけれど、女の子のお父さんが殺されてしまう。そうすると周囲の人たちはどう動き、関係性がどう変わっていくか。そういったことを異言語Lab.のメンバーと話し合ううちに、どんどん物語が発展していきました。

ジュリと、レオ。名前に『ロミオとジュリエット』の片鱗が見えます

城島:この台本を短い期間で書き上げるって、天才だと思いました。大きなテーマが4つほどあることが、台本を見てはっきりと読み取れたんです。イマーシブシアターの参加者には、ひとりの役者をずっと追いかけていく人もいれば、どんどんついていく人を変える人もいるので、どんな場合でも楽しめるような流れをつくることが大事です。それが台本の中でほとんどできていたので驚きました。演技も數見さんがしっかりと組み立ててくださったので、私はたいしたことしてないんですよ。ふみさんが木を生やして、數見さんが葉っぱや実をつけて、私は植木職人のようにちょっと剪定しただけ。

 

菊永:その例えで言うと、木の根っこの部分は城島さんだと思います。イマーシブシアターは複数の場所で同時に物事が起きて展開が分岐していくので、整理するのが大変です。それを表したフローチャートのようなものを共有いただけたので、「こういう構造になっているんだ」と理解できました。これまで城島さんが40年近く積み重ねてきたこと、イマーシブシアターの根幹の部分を学ばせてもらったから、木を育てることができたんです。

右を向いて話をする城島さん

『交差』への参加が決まってから手話講習会に通いはじめたという城島さん。「下手でもいいから覚えた手話はどんどん使う」ことを意識していたそう

城島:でもやっぱり、元の台本がよかったんですよ。手話のちょっとしたすれ違いが誤解を招き、殺人事件にまで発展してしまう。それを参加者が行動することで防ぐ。この発想がふみさんならではだと感じました。きっと、ふみさんは聴者との間で「うまく伝わらなかったな」とか「あの人どういう意味で言ったんだろう」とか、たくさんもどかしさを経験されてきたんだと思います。そういうことが蓄積されて、『交差』という物語として結実したことが伝わってきました。

 

菊永:そうですね。手話通訳士さんにはいつも助けられているけど、やっぱり意味が違って伝わってしまうことってあるんです。それが医療ミスなど大きな問題に発展することもある。聴者の社会の中でろう者が手話を使って生きることの課題はたくさんあると思っています。

 

數見:市長と秘書が再開発の図面を見ながら話し合っていて、それをマリーが眺めている場面。あれって、同じ時間、同じ場所に一緒にいるのに、それぞれの認識がズレているんですよね。こういう場面一つひとつに、ふみさんの経験、ろう者としての経験が反映されている。

左を向いて話をする數見さん

チーム全員へのリスペクトを持った3人。それぞれの才能や人柄を褒めはじめると止まらなくなりました

菊永:あの場面では、登場人物同士だけじゃなくて参加者にも同じようなズレが生じるんです。聴者は市長と秘書の音声による会話から正しい結論がわかるけど、ろう者は別の結論になったと思い込んでしまう。その認識がどこかで修正されるのか、ズレたまま進んでしまうのか。それがイマーシブシアターのおもしろいところだと思います。

 

城島:『交差』って、日本語だけでもできないし、手話だけでもできなくて、ろう者と聴者が交差することによって初めて完成するんですよね。それが本当にすごい。長く演劇に携わっていて、唯一無二のものをつくることは本当に難しいと痛感していますが、『交差』はそれができていると思います。

役者の考えを引き出し、対話しながら演技を組み立てていった

稽古風景。10人が輪になり、數見さんが手話で話している

――稽古はどんなふうに進めていきましたか?

 

數見:初日はみんな初めて会うので、リラックスして稽古に臨めるように、お互いにボディータッチをして距離を近づけるようなワークショップを取り入れました。これには、一人ひとりの演技や体の見せ方、得意なことや苦手なことを見極める狙いもありました。私が「こう演技してください」と指示するのではなく、それぞれが持っている力を出してもらって、そのおもしろいところを伸ばしていこうと考えたんです。

 

城島:「ただ自由に歩いてもらう」というワークもありましたが、あれはすごくよかったですね。ただ歩いているだけのように見えて、実はそこにいろんなものが現れるんです。自然に歩く人もいれば役を意識して歩く人もいて、歩き方ひとつで性格も体の使い方も演劇に対する考え方も伝わってくる。役者を見極めるのに、すごくいい方法だと思います。

稽古風景。役者の西脇さん、南雲さんが床に寝転がってチラシを眺め、それを奥村さんが見ている

菊永:役者さんの中には、演技が初めての人や久しぶりの人もいれば、演技はベテランだけどイマーシブシアターは初めての人、イマーシブシアターに慣れた人もいて、さまざまな経験を持った人が交差していました。そういう状況で數見さんは、一人ひとりの考えを引き出し、対話しながら演技を組み立ててくれたんです。數見さんらしくて、大好きなやり方です。

 

數見:私自身が演技に関するいろんなワークショップに参加してきて、誰かの決めた演出に従うよりも、対話によって組み立ていく方が気持ちよく演技できたんです。前者のやり方では、「私はこうしたいんだけど、言っていいのかな」と迷うことがありましたから。また、これまで聴者に囲まれて役者をしていて、やっぱり色々と思うところはあって。だから今回の稽古では、みんなが気持ちよく参加できること、「稽古に行きたい」と思ってもらえることを第一に考えました。

稽古風景。役者の麻生さん、林さん、奥村さんが伸ばした腕を重ねている

『交差』では、手話や音声言語だけでなく、仕草や視線といった非言語的な表現も大事にしていて、まずは役者に自由に動いてもらいブラッシュアップしていったといいます

菊永:稽古現場は、手話ができない人がマイノリティになる環境でした。だから言いたいことが言えない状況にならないか心配していたのですが、數見さんは手話ができないぱんださん、林さんが何か言いたそうな顔をしていると、すぐに気づいて発言を促すんです。また、この2人はイマーシブシアターの経験が豊富なので、その立場から意見を聞く時間も度々つくっていました。お互いにリスペクトを持ち合う空間になっていましたね。

 

城島:稽古の様子を見ていて、「聞こえていても聞こえていなくても、演じることの根幹は同じなんだ」と感じました。気持ちが動けば空気も動くし、声で「静かに話す」「元気に話す」という違いがあるように、手話表現にもその違いはあるんですよね。ろう者も聴者も同じように喜怒哀楽や複雑な感情を持っていて、演劇はそれを表現するもの。そういうことを中心に持っている人同士ならうまくいくんだと感じました。

ホワイトボードに文字を描く板橋さんと林さん

筆談で演技プランを相談する板橋さん(ろう者)と林さん(聴者)

――情報伝達にズレが生じたり、ろう者と聴者でグループが分かれてしまったり、ということはなかったのでしょうか?

 

數見:ろう者が見ていないときは手を振って注目させたり、手話通訳士さんがいない時間も身振り手振りを使って伝えたりしていたので、情報伝達の漏れはなかったと思います。休憩のときに声で喋る人と手話で喋る人が分かれて喋ることはあったけど、自分の言語で話す時間も大切にしてほしいと考えていました。

 

城島:ろう者と聴者が一緒に買い物に行くこともあったし、いい雰囲気でしたよね。そうなったのは、集まった人がみんないい人だったからでもあるし、ふみさんと數見さんが聴者の役者をよく見ていて、先回りしてサポートしていたからでもあるんじゃないかな。日本語で書かれた台本を日本手話のお芝居にするのは大変な作業で、どうしてもろう者にかける時間が長くなってしまうけど、その間もふみさんたちは「城島さん、誰々さんが悩んでいるかもしれないから話聞いてみてください」と気遣っていました。

手話で画面外の人物に話している數見さん、菊永さん

参加者の情報量を揃える場面をつくる

 

――ろう者も聴者も参加するイマーシブシアターということで、参加者が得る情報のコントロールが難しい側面はありませんでしたか?

 

城島:『交差』には、参加者全員が揃って自分の持っている情報を共有しあう場面があります。あれがすごくよくできていて、それまで全体像を把握できていなかった人も、ほかの参加者の発言を聞くうちに重要なポイントを押さえられるんです。それぞれの持っている情報の量がある程度揃う。イマーシブシアターとして、すばらしい仕掛けだと思います。

 

菊永:あの場面で出てくる情報は回によってがらりと変わって、すごくおもしろかったです。こちらが予想していなかったところに注目されて盛り上がった回もありました。ただ、毎回違うから、あの場を回す役割だった時空探偵団団長役の板橋さん、アシスタント役のかおりさんは大変だったと思います。ベテランの2人だからお願いできた役でした。

本番風景。スクリーンに「時空探偵団議論中」の文字。麻生さん、板橋さん、BAFUROさんと参加者が前に出て話している。その様子を大勢の参加者が眺めている

新人探偵団である参加者が、調査によってわかったことを共有しあう時間。ろう者からも聴者からも次々手が挙がりました

城島:ラストは市長の暗殺を阻止できたパターンと阻止できなかったパターンがあって、秘密の合図を通してどっちになったか役者に伝えていたのですが、一度それがうまく伝わらず、ちょっとヒヤヒヤした回がありましたね。

 

菊永:そうそう、成功パターンなのに、マリー役の南雲さんが失敗パターンだと思って、市長の注文を聞かずに立ち去ってしまって。成功パターンのときは注文を聞かないといけないんです。だからぱんださんはマリーに向かって必死に手を振り、「プリン」と手話でオーダーした。

 

城島:途中、市長が「最近プリンの手話を覚えたんだよ」と話すシーンがあるんですよ。だから、最後に市長がプリンの手話をして、それを参加者みんなが見ることができたのはすごくよかったと思います。間違いのおかげで、かえっていい演出になりました。

本番風景。ぱんださんがプリンを食べる姿を参加者が拍手をしながら見守っている

『交差』では、参加者がお互いの持っている情報を共有し合うことで、市長の暗殺を防ぐ鍵が見つかります

――市長の暗殺を止められた回では、失敗した回と比べてろう者と聴者が協力し合う雰囲気があったのでしょうか。

 

城島:そうですね、聴者の役者の発言をろう者が聞いているとき、手話のできる聴者が自主的に翻訳するなど、お互いに協力し合う光景が見られて、とても麗しかったです。

 

數見:筆談したり、身振り手振りを使ったりもしていましたね。ふみさんの狙いがちゃんと機能していました。

 

菊永:成功パターンでは市長がプリンを幸せそうに食べて終わるんですが、観客から自然と拍手が起こるんです。あの光景はやっぱり感動しますね。ただ、失敗パターンもおもしろいんですよ。「キャストに触ったり話しかけたりしちゃいけない」というルールなんだけど、みんな市長を死なせたくなくて、立ち上がって手を振って、声や手話で「ダメー!!」と叫んで、なんとか止めようとするんです。物語に没入してくれていることがわかって、すごく嬉しいです。

本番風景。カフェアンリの椅子に座る大勢の参加者。板橋さんと麻生さんが演技をしている

さまざまな交差が重なって完成した『交差』

 

――今後も異言語イマーシブシアターを制作する予定はありますか?

 

菊永:うーん……つくりたいと思っても、『交差』を超えるものはできない気がします。

 

城島:私はずっと、ライバルは自分の前作だと思ってやってきたんですよ。たしかに『交差』はすごく完成された作品だけど、だからこそそれを超えるものをつくることに挑戦したほうがいいと思う。

稽古風景。役者の南さん、奥村さんが椅子に座って話し、その様子をほかのメンバーが眺めている

菊永:実は先日、フランスで上演してほしいというお話をいただいたんです。でも、その場合は国際手話で統一する必要があるよね、と言われて。『交差』では、日本語と日本手話だからできる表現を取り入れているため、国際手話だけで表現するのは無理だなと思いました。じゃあ新しい作品をつくるかというと、その情熱はまだ湧いてこなくて。

 

城島:いま気持ちが乗っていないなら無理をする必要はないけど、もしかしたら日本で何度か再演するうちに、「もっとたくさんの人に『交差』を届けたい」と思うかもしれないし、そうなったらきっと「こうすれば海外でもできるかも」というひらめきがやってくると思いますよ。その国の手話ができる人に協力してもらって内容を修正してもいいしね。気負わずに、機が熟すのを待つといいと思います。

 

菊永:そのときがきたら、またおふたりと一緒に取り組みたいです。よろしくお願いします。

笑顔の菊永さん

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 

菊永:『交差』には、物語の登場人物だけではなく、参加者同士の交差という意味も込めています。初めて会った人同士が話をして、協力しあって、終わった後もロビーで話して、ときにはそのまま飲みに行って。そうした交差を目の当たりにできたことがとても嬉しかったです。制作側でもさまざまな交差が重なって、『交差』が完成しました。たくさんの『交差』が次の新しい何かにつながっていくことを楽しみに、「伝えあう」「わかりあう」ことの可能性を信じて頑張りたいと思います。ありがとうございました!

稽古風景。役者の林さんがチラシを掲げ、西脇さんがそれを見ている
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